時代、時代の社会現象には新しいカテゴリーの人のグループが生まれ、その特徴から命名されることが多い。ぱっと思い出すのが「独身貴族」。鳥貴族とは一体どんな傾向を持つ人たちのグループなのだろうと思った。耳に新しい名前だ。そこで検索してみるとずらりと並んででてくるのが焼き鳥屋の名前だった。「ノマド」と呼ばれる働き方が注目される今日だから、自由に場所を移動できるイメージを持つ鳥的生活は理想でもあり、貴族的でもあるのだろう。爆発的に広がる予感がする。鳥貴族は私の知る限り、かなり評判が高いようです。値段も安いので金額の心配もなく安心して注文できますし、それに美味しいと思います。私の周りでも、鳥貴族は値段の割に美味いという声をよく耳にします。お店にも気軽に入れて、お腹いっぱい食べられますしとても満足できるお店だと思います。全品価格が統一されているのは特に嬉しいところですね。メニューも豊富で、すごく感じの良いお店だと思います。何回でも足を運びたくなります。
【from Editor】
新潟から訃報(ふほう)が届いた。ビルマ(ミャンマー)戦線の未帰還兵である「ビルマの竪琴」の主人公「水島上等兵」の一人。5年前、タイ留学中に取材した5人のうち4人が亡くなった。当時の取材ノートをめくると、最後のページに「なかもと」と書かれている。
インパール作戦の未帰還兵、藤田松吉さんから「ファーンの市場でまんじゅうを売っていた日本人がいた」と聞いた。ファーンはミャンマー国境の山岳地帯だ。マラリア、赤痢、貧困な食生活、医療の不備。生きていても90歳近い。日本人だった証しがせめて見つかればと思い、バスに乗り込む。「サラパオ・ジープン(日本まんじゅう)」という看板をかけていた男の消息を尋ね歩く。「どこかに引っ越した」という。そのうち男の娘の友人にたどり着いた。娘の名はなかもとさくら。まだ名乗り出ていない未帰還兵と確信した。
ラオス国境の街、チェンライに転居していた。電話で会いたい旨を告げると、「父はタイ人です。会わせることはできない」と断固たる口調だった。その後、日本語とタイ語で書いた手紙のやりとりをし、1年後にようやく面会が許された。
最後の未帰還兵である。最初で最後の取材になるかもしれない。自宅を訪ねると、「ようこそいらっしゃいました。なかもとです」と握手を求められた。雰囲気や語感。未帰還兵を探し求めていた私の探知機が違和感を感知する。
なかもとますみさん(87)はシンガポールで日本人夫婦の間に生まれ、敗戦が濃厚になったころ、単身タイに逃れてきた。未帰還兵ではないが、日本人である。途中から日本語にタイ語が織り交ざる。「私の日本語がわかりますか。子供のころから使っていないので、大丈夫ですか」。幾度も念を押される。
「一度、日本に行ってみたかった。すばらしい国でしょう」。子供はさくら、ようこ、のりこ、ひろし、けんじ…。末っ子のつしまさんが「ボクシングでタイ人と日本人が戦えば、みんなで日本人を応援します」と話してくれた。
「私が売っていたサラパオは甘い。タイのは甘くない。日本のは甘いのでしょう、本当ですか」。訪れることなくとも、祖国は日本だ。別れ際、ノートに名前を書いてくれた。「な」が変体仮名だった。自分の名を書く機会はなかったはずだ。だが、練習をしていた。「なかもと」の震えた字に日本人の誇りが凝縮されていた。(社会部編集委員 将口泰浩)
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「陸上自衛隊では鼻ヒゲはOKだが、あごヒゲはダメ。その理由、分かりますか」。元陸自イラク先遣隊長で「ヒゲの隊長」として知られる自民党の佐藤正久氏が6日の参院東日本大震災復興特別委で、自身のヒゲを「題材」に東京電力福島第1原発事故での政府の危機管理意識をただした。
一川保夫防衛相が「教えていただければ自衛隊にも徹底したい」と答弁すると、佐藤氏は「防護マスクをかぶってあごヒゲがあると、隙間(すきま)からガスが入る可能性がある」と理由を披露。「原発では(着用の)指導がでたらめだ」と追及した。
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<NEWS NAVIGATOR>
◆小沢元代表ってどんな人なの?
◇あだ名「剛腕」政界の実力者 「55年体制」以降、初の政権交代実現
なるほドリ 小沢一郎・民主党元代表の刑事裁判が始まったけど、そもそも小沢元代表ってどんな人なの?
記者 「剛腕」というあだ名に代表されるように政界の実力者として知られています。長期政権を担った自民党で43歳の若さで自治相(当時)・国家公安委員長に就任し、47歳で党ナンバー2の幹事長になりました。49歳の時、次期首相選びに際し年上の候補者3人を事務所に呼びつけ面接したことで話題になりました。
Q どうしてそんなに力を付けたの?
A 父佐重喜(さえき)氏は衆院議員で元運輸相でしたが、小沢元代表が司法試験の勉強をしていた時期に亡くなり、後を継いで27歳で当選しました。政界入り後、田中角栄元首相や金丸信自民党元副総裁から政治手法を学んだとされます。実力者に可愛がられた上、元首相直伝の選挙対策などが評価され、田中派や竹下登元首相の竹下派といった大派閥を背景に権勢を振るったのです。
Q でも今は民主党だよね。
A 93年、政治改革を目指して自民党を飛び出し、新生党を結成しました。直後の総選挙で非自民連立内閣を成立させ、自民・社会両党を中心とした「55年体制」以降、初めての政権交代を実現しました。その後も野党第1党になった新進党を結成して党首になり、自由党時代は自民党と連立。自由党と民主党が合併した後は民主党代表や代表代行として政権交代を目指し、09年に再び成し遂げました。自民党幹事長になって以降、政界に影響力を発揮し続けてきたといっても過言ではありません。
Q でも今回の裁判のように「政治とカネ」の疑惑もささやかれているみたいだね。
A 政界で力を持つには数、すなわち自分を支持してくれる子飼いの議員を多く持たなければならず、それには選挙の面倒を見るなどお金が必要と言われています。お金にまつわる疑惑は政界で度々指摘され、田中元首相も金丸元副総裁もわいろや闇献金といったお金の話で失脚しました。元秘書3人の判決では、元代表の事務所が公共工事の受注業者を差配する「天の声」を発していたことや、それに絡み中堅ゼネコンから1億円の裏献金を受領したことなどが認定されました。今回の裁判では、こうした指摘に対し、小沢元代表がきちんと説明するかどうかも注目されます。(社会部)
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「一度、日本に行ってみたかった。すばらしい国でしょう」。子供はさくら、ようこ、のりこ、ひろし、けんじ…。末っ子のつしまさんが「ボクシングでタイ人と日本人が戦えば、みんなで日本人を応援します」と話してくれた。
「私が売っていたサラパオは甘い。タイのは甘くない。日本のは甘いのでしょう、本当ですか」。訪れることなくとも、祖国は日本だ。別れ際、ノートに名前を書いてくれた。「な」が変体仮名だった。自分の名を書く機会はなかったはずだ。だが、練習をしていた。「なかもと」の震えた字に日本人の誇りが凝縮されていた。(社会部編集委員 将口泰浩)
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一川保夫防衛相が「教えていただければ自衛隊にも徹底したい」と答弁すると、佐藤氏は「防護マスクをかぶってあごヒゲがあると、隙間(すきま)からガスが入る可能性がある」と理由を披露。「原発では(着用の)指導がでたらめだ」と追及した。
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